自分自身は少しも変わらず自分のままでいて、それにぴったり合う「理想の配偶者」や「理想の職業」との出会いを待ち望んでいる人は、たぶん永遠に「ぴったりくるもの」に出会うことができないでしょう。
「どんな相手と結婚しても、そこそこ幸福になれる人」は「理想の配偶者以外は受け付けられない人」より市民的成熟度が高いと僕は思います。
親族というのが「それが絶えたら共同体が立ち行かないもの」である以上、 「大人」とはそういうものでなければ困る。
仕事だってそうです。
「どんな職業についても、そこそこ能力を発揮できて、そこそこ楽しそうな人」こそが成熟した働き手であり、キャリア教育はその育成をこそ目指すべきだと僕は思っています。
自分にどんな能力があるかなんて、実際に仕事をしてみなくちゃわからない。分かった時にはもうけっこうその道の専門家になっていて、今さら「別の仕事に就いていたら、ずっと能力が発揮できたのに…」というような仮定の話はする気もなくなっている、というものではないでしょうか。 http://blog.tatsuru.com/2012/05/02_0959.php





